プロフィール

いつも、昔から自分は不幸だ、この先も何もかもうまくいかない、何のために生まれてきたのか、分からないという【不幸が当たりまえの世界】から、どんなことがおきても、私は運がいい、【幸せが当たりまえの世界】へとシフトできる

≪心理セラピー×シンプル数秘術で幸せな思考パターンが身につく魂の目的が見つかるカウンセリング≫

はじめまして。

潜在数秘術Ⓡなどを使って、自身の経験と今まで培ってきた知識をもとに、心理カウセラーとして活動しています 奈賀下 みつきと申します。

会ったこともない、どこの誰かもわからない人に、自分の悩みを打ち明けることは、大変勇気がいることだと、思います。

私も以前にカウンセリングを受け、逆に苦しくなったという経験がありますので、カウンセラーとの相性が何よりも大切です。

ぜひ、簡単なプロフィールをお読みいただき、ご興味がございましたら、長くなりますが、詳しいプロフィールをご覧になって、この人なら!と思っていただけたら、わたくしに会いに来てくださいね。

【プロフィール】

● 自営業を営む両親と二つ離れた兄、私、6歳離れた妹の五人家族でした。

● 商売をしていたので、表向きは良い両親でしたし、愛情もしっかり受け取っていましたが、日常的に仕事のことで父が母を怒鳴りつけ、私たち子供にも、仕事などのストレスをぶつけ、時には殴る蹴るという、家庭環境で育ち、私は、小学生の時にはすでに、将来を絶望していました。

● 私が高校生のころには、両親の商売がうまくいかなくなり、私は大学進学をあきらめざる負えませんでした。

● 20歳のころには、両親の一億円近い借金が発覚し、一家心中をするところまで追い込まれました。

● 家族みんなで、朝から夜中まで、がむしゃらに働き、借金返済を頑張っていましたが、一向に減らない借金と疲労で、毎日一緒に商売をしている、父と兄の怒号が飛び交い、完全に機能不全家族になっていきました。

● わたしは、そのいつも不穏な空気の家族を少しでも、喜ばせたい、安心してほしいと、安定している公務員の仕事に就きました。

● それでも、さらにますます、家族は壊れていき、わたしはついに、耐えきれなくなり、結婚を理由に親元を離れました。

● 苦痛から逃れるためにした結婚だったため、やはりその生活はなかなかうまくはいきませんでした。

● 義母と義姉との同居初めての子育て夫との関係両親の借金など、心の負担が増えるばかりで、わたしはついに軽いうつ状態になりました。

● 何故、小さいころから、私の人生は不幸なのだろうと、その答えを求めるがごとく、仏教、心理学、自己啓発、スピリチュアル、潜在意識、量子力学、西洋占星術、などを独学で学び、気が付けば、20年以上の月日が流れました。

● それでも私の心は暗く、何故私の人生はうまくいかないんだろうと、ついに、勇気を出して、心理カウンセリングを受けるも、本来、傾聴、共感するはずのカウンセラーから、責められてばかりで辛くなり、途中で辞めてしまい、30万近いカウンセリング料を無駄にしてしまいました。

● そんな時に、潜在数秘術Ⓡに出会い、私の魂の目的、どのような使命を果たすために生まれてきたのかなどを知り、今までの悩みは全て自ら願って経験したことなのだと、ようやく自分の中で腑に落ち、現状は変わらないけれど、何十年と苦しんだ生きづらさを克服しました。

● 自身の苦しい経験と今まで培ってきた知識をもとに、現在、心理カウンセラーとして、マイナスの心を、ゼロに戻し、そしてプラスの心を作って、そこから、よりよい人生を歩んでいけるように、お手伝いをさせていただいております。

私は不幸、、、、長年そう思って生きづらさを抱えて生きてきた方には、早くその世界から出て、私は幸せだと心から感じて生きていける世界に住んでほしいと願ってます。

ここまでお読みいただき、ご興味がありましたら、長くなりますが、詳しいプロフィールをお読みくださいね。

【詳しいプロフィール】

父が母を怒鳴りつけ、母は言い返せず、泣いている姿を見て、悲しくなる幼少期

父は脱サラをし、両親が町の小さな電気屋を始めました。真面目で働き者の両親、二歳上の兄、私、6歳離れた妹の五人家族で、つつましく暮らしていました。電気屋は、父が家電の販売、修理などをし、母が資金繰り、支払いなどの事務をしていました。

ある夜中、父が母を怒鳴って、母が泣いている姿を、怒鳴り声で目が覚めた私は、穴が開いたふすまからその様子を見てしまいました。私は見てはいけないものを見てしっまったと、幼いながらにいても立ってもいられなくなり、不安で押しつぶされそうになった記憶が残っています。

母は支払いのお金が足りないことを、父に相談していたけれど、「お前のお金の管理が悪い」などと怒鳴られていたのです。

そんな姿を頻繁に見るようになったものの、次の日には何事もなかったかのようにいつものように明るくて優しい母に不安ながらも、安堵していました。

外から見ると、父は夜中でもお客さんの所に行って、修理をしたりする、便利で親切な街の電気屋さん、そんな父を支える優しい母。

外から見ると、普通の家族のように見えたと思いますが、母一人がいろいろなことを抱え、機能不全家族がすでにこの時から始まっていたのでした。

殴られ続け、学校に行けなくなる

小学4年生くらいになると、わたしの思春期がはじまり、兄と喧嘩、両親に口答えすることが多くなりました。

また、思春期特有の父親と口もききたくないという日々をおくるようになり、父の機嫌が悪い時は、私のその態度に激怒し、父に殴られることがよくありました。

父も父で、私とどうにか、かかわろうと、不器用な父なので、ちょっかいを出して、わざと私を怒らすということをよくしました。

ある日の朝、何かのきっかけで、父の機嫌が悪くなり、いつも以上に私は怒鳴られ、殴られ、蹴られ続けました。顔半分は真っ赤に晴れ上がり、しばらく学校には行けませんでした。母は自分が殴られるのが怖いというのもあって、力ずくで私をかばうことはしませんでした。

数日後、まだ青あざが残る顔で登校しましたが、恥ずかしくて、先生にも友達にも、誰にも言えず、母には守ってもらえなかったこともあり、孤独で、さみしくて、悔しくて、みんなの前では笑顔で振るまっていたのですが、心は泣いていたまま、学校で過ごしました。

いつか父を殺そう、早くこの家から出ようと決意した、そんな小学生時代でした。

進学できず、将来に希望を持てない、、、居場所がない、、、

私が中学生、高校生になると、さらに家族は毎日毎日、ののしりあい、罵声が飛び交い、父だけではなく、性格の合わない兄にも、私は怒鳴られ、殴られ、それでいて妹のことはみんなかわいがり、そんな家庭に私の居場所はなく、なるべく家族と顔を合わさないように、毎日バイトや恋に明け暮れていました。

その頃、とうとう電気屋の商売は行き詰まり、私は、勉強が好きでしたが、大学に行かせるお金がないと言われ、進学をあきらめました。そうなると分かってはいましたが、友達が進学を決めてるのを横目に、私はまたも心の中で、泣いていました。担任の先生にも、就職も進学もしない私を責められ、私は言い返すことも出来ず、そっと高校を卒業をしました。

一億円近い借金発覚、、、、もうみんなで死ぬしかない

私が19歳のころ、兄が加わり、父と母と三人で一緒に電気屋をするようになりました。不器用な兄と父でしたので、さらに毎日喧嘩が絶えず、母にも怒り、以前よりも増して、いつも怒号が行きかう家族にうんざりしていました。

私は高校を卒業してから、就職をせず、ずっとアルバイトをしていたのですが、周りの友達が、大学生活を謳歌しているのを聞くたびに、「なんでうちは貧乏で、父は母を怒鳴りつけるし、おまけに兄とけんかばかりだし、自分は就職も進学もしていないし、なんでいつも不幸なんだろ」そう考えてたある日、さらに追い打ち掛けるように不幸な出来事がおこりました。

母が一億円近くの借金をしていたことが発覚したのです。

昔から、母がお金のことを父に相談しても、こんなに働いているのに足りないのはお前が悪いと言われ、一人で長年資金繰りに苦しみ、最初は少しだけ借りていたのが、だんだん私たち子供が大きくなり、お金がかかるようになると、生活費と教育費さらに店の資金繰りに困り、借金が積み重なっていき、最後は借金を借金で返さないといけなくなり、とうとう一億円近くまで借金が膨れ上がってしまっていたのです。

借金は、銀行以外に闇金融にも借りていたので、金利が高く、毎日、50万円以上の返済をしなくてはいけませんでした。それを借金しては返済し、借金しては返済し、とうとうそれができなくなり、うちや、私のアルバイト先にも取り立てがきて、借金返済を迫られるなど、まるで映画の世界のようなことが現実におこりました。

それでも私たちは何とかお金をかき集めて、毎日最後まで返済に頑張っていきましたが、限界に達し、このままでは、【命の危険にさらされる、、夜逃げして、一家心中するしかない】というところまで負い詰められてしまいました。

わたしは死ぬのは怖かったけど、小さいころからいつも不安だし、この先、生きていても、何もいいことがないだろうし、この借金地獄から抜けれるのなら、死んだほうが楽になれると思いました。

なんとか借金返済のめどはたったものの、そこからも試練の連続でした

陰極まりて陽となる!となったのか、偶然や出会いが重なり、借金返済のめどがつき私たち家族は、何とか命拾いをしました。

それでも、一億円近い借金返済をすることに変わりはなく、家族で力を合わせ、朝から晩まで借金返済のため、身を粉にして働きました。

資金繰り、借金返済、休むことのない労働などで、疲労困憊になり、心は荒み、以前にも増して、家庭は罵詈雑言が飛び交い、家族はバラバラになっていきました。

私はそんな状況を少しでも和らげようと、両親の希望もあり、安定している公務員になりました。しかし、父から心無いことを言われたり、兄からは私の返済額が足りないなどと、罵られ、ついに結婚を理由に仕事を辞め、家を飛び出しました。

嫁姑関係、初めての子育て、借金返済と、心の負担がおおきくなるばかりで、ついに軽いうつ状態に、、、、

実家から逃げるように始めた結婚生活は、甘く楽しいものではありませんでした。生まれた環境、世代、価値観の違う姑、小姑との同居は、いつも戦闘モードでした。

やがては第一子を授かりましたが、夫の帰りは遅く、初めての子育てにいつも不安があり、イライラも募っていきました。おまけに兄からの借金返済の催促の電話が頻繁に鳴り響き、子育てで働けずに借金返済をできない自分を責めたり、このままこの子にも借金の苦労をさせてしまうのかなど考え、情緒不安定な日々を過ごしました。

不安な気持ちを夫にぶつけ、言うことを聞かない、まだ小さい我が子にも手をあげていくことが増えていきました。そんな自分が嫌になり、でもまた頑張ろうともがいては、また自己嫌悪になるの繰り返しで、いろいろな今までの心の負担が限界になり、とうとう私は軽いうつ状態になってしまいました。

二人目出産後、夫婦関係が悪化、、、、ストレスで買い物依存症に、、他に好きな人ができ、、、

夫は転勤族でしたので、新しい環境での二人の育児が始まりました。相変わらず、夫の帰りは遅く、夜中に帰っって来ては、朝早く出社するという状況で、夫婦はだんだんとすれ違っていきました。慣れない環境で、二人の子育てをほぼ一人でこなし、働けずに、両親の借金返済に協力できない自分がやはり、情けなく感じ、私は働きに行くことを決意しました。

その頃、二人の育児、夫婦のすれ違い、実家の借金問題、兄からの罵詈雑言の電話にびくびく怯える毎日、自身のうつ状態たくさんのストレスがさらにふりかかり、私は買い物依存症になってしまいました。

また、やはり子育てにも悩みました。私が父にされてきたことと同じことを、子供たちにもしてしまう、、、、いつもストレスフルで気に入らないと、すぐに頭ごなしに怒鳴りつけ、時に手をあげることもあり、そんな自分を消したい気持ちでいつもいました。

そして、またそのことについても自己嫌悪に陥るという、負のスパイラルに陥っていっていました。そのストレスを忘れたいがために、他に好きな人ができ、私は一時、家庭を捨てる覚悟までしてしまいました。

実家に帰って、両親たちとやり直そう、、、夫とも距離を持とう、、、

私のうつ状態は、どんどん悪化していきました。夫、子供に暴言をはいて、時に家から追い出したり、私が飛び出て行ったり、自殺未遂をしたり、そうかと思えば、仲のいい家族を演じてみたり、、、、

夫、子供たち、姑、両親たちとどれ一つうまくいっていない、いつも働いても働いても、借金返済で一向に子供たちに貯金も出来ない、挙句の果てには、自分が買い物依存症になったことなど、今までの出来事、自分の全てを責めては、自分の人生はこのままなのか、なぜ、私の人生は不幸なことばかりなのか、その答えを求めるべく、仏教、哲学、心理、自己啓発本などを読み漁っていくようになりました。

目に見えない世界を勉強していくうちに、まずは逃げてきた両親たちとやり直そう、それを今しなければ、ずっとこのままわたしは不幸かもしれないと思い、また夫とも距離をおきたいと思い、子供たちを連れて、故郷に帰ることを決意しました。

生きづらさの原因、、、わたしはずっとPTSD心的外傷ストレスが原因だった

心理学などを独学していくうちに、【PTSD心的外傷ストレス】という言葉を見つけました。いつも、不安な気持ちで、心が張り詰め、怒りっぽくなるなどの症状に当てはまり、自分はずっとこれでうつ状態になり苦しんでいたんだとはっきりと分かりました。

小さいころから、父が母をいつも怒鳴る、小さいころに、気に入らないと、怒鳴られボコボコに父に暴力を振るわれたこと、多額の借金という地獄絵巻一家心中未遂父と兄の毎日の罵りあい、頑張って公務員になっても、やめざる負えなくなり、努力しても報われないなどの出来事、結婚してからも、常に借金返済の兄からの電話などで、子供たちにも辛い思いをさせてしまうのかなどの思いが、私のこころに強いストレスがずっとかかっていたのでした。

爆弾を抱えたまま、大人に、妻に、そして母になっていたのです。

生きづらさの原因が分かったことへの少しの安心感と同時に、わたしはそれを理由に全てのことに逃げる人生は嫌だ、このまま、運命に苦しむばかりでは、何も生まれてこないと思い、自分が勉強してきた心理スキルを、両親、夫、子供たちに対して、そして何よりも、自分自身の脳と心にそのスキルを使っていきました。

そして、その時から両親、姑、義姉、夫、子供たちとの関係が本当に少しづつ、改善されていき、薄紙をはぐように悪循環から、好循環へと転じていくことになっていきました。

一つだけ、、、私は、働いてもお金が手元に残らない、お金に縁がないという強い観念だけがあり、その苦しみが残っていました、、、

長かった、一億円という借金返済も20年という月日を経て、ようやく完済をしました。両親、兄のお店は拡大し、人を雇えるほどに、法人化できるようになるまでになりました。

しかし、私には、消えない観念だけが残っていました。“また、借金で苦しむのではないか、働いても働いても、お金が残らない、若いころから働いたお金は、ほとんど、借金返済に渡していたので、私はお金に縁がない、私はお金に嫌われているという観念”をなかなか手放すことができず、そのことに何年も苦しみました。

そんな時に、同じお金で苦しんできたというカウンセラーさんと出会い、ついに決して安くはない、カウセリングを受けることを決意しました。

カウンセリングを受ければ受けるほど、苦しくなる、、、、

最後の最後の、私のこのお金のマイナスの観念を乗り越えない限り、前には進んではいけないと、意を決して望んだカウセリングでしたが、なんとそのセッションの日が来るたびに苦しくなっていったのでした。

いつも、感情を出し切っていないと責められ、自分の気持ちに蓋をしている、このままでは、カウセリングは進んでいかないと言われ続けました。

私はもともと、人を責めるような性格では なく、内向的なので、ついには、カウンセラーさんを怒らせないように、その方が言ってほしいだろう言葉を言うようになりました。

これでは、何のためにカウセリングを受けているのか、カウセラーのためのカウセリングと化した事態に、限界になり、途中で中止させていただくことになりました。

現在、シンプルな潜在数秘術Ⓡを使った、心理カウセラーとして、自身の経験と、培ったスキルをもとに、活動をしています、、、

今までの私でしたら、またカウンセリングに高いお金を払ってしまった、、、、やはり私はお金が出ていく、お金は私が嫌いなんだと落ち込んでいたでしょうが、もはや後悔はなく逆に晴れ晴れとした気持ちになっていました。

私ならもっと、クライアントさんに寄り添って、それぞれにあった、心理スキルを提供できると、、、、。

そうです、カウセリングを受けたことは、一見、失敗かのようになりましたが、逆に私をカウンセラーとして導いてくれる、出来事に変わっていったのです。

それから、さらに、運命、宿命、そして潜在数秘術Ⓡ、西洋占星術、潜在意識、量子力学などを独学していき、なぜ、苦しみが生まれてくるのかが、今まで勉強をしてきた、仏教、心理学、哲学などとつじつまが合ってきたのです。

中でも、潜在数秘術Ⓡに出会い、私の魂の目的、どのような使命を果たすために生まれてきたのかなどを知り、今までの悩みは全て自ら願って経験したことなのだと、ようやく自分の中で腑に落ちたのでした。

今思えば、あの時、心の仕組みなどを勉強していなかったら、今も運命のせい、両親のせい、兄のせい、夫のせいにして生きていたことでしょう。

そして、勇気を出して、カウンセリングを受けたことで、一見失敗したかのようになりましたが、逆にカウンセラーとして活動できるきっかけを見つけることも出来ました。

現在、かつての、私のように両親、兄、夫婦、姑、義姉との関係、子育て、お金、PTSD、トラウマなどに悩み、生きづらいと感じているかたのために、私のように20年かけなくても、早く楽に生きていけるカウンセリングをご提供させていただいております。

一般的な勉強は学校では教えてくれますが、心の仕組みは誰も、教えてくれません。かと言って、一人で勉強するには、孤独で果てしない時間と労力がかかります。ですが、何もせず、ただ運命に任せたままだと何も変わりません。日常的に意識的に心理スキルを使っていくことが大切になっていきます。

コップの中の、絵の具の入った濁った水を、何回も何回も、捨てて、まずは透明な水にしてほしい。そこから、あなたの好きな色の絵の具を入れて、彩鮮やかな、コップにしてほしい。

それと同じで、わたしは、マイナスの心を、まずゼロにして、スタートラインに立っていただきたい、そしてそこから、心をプラスにして、素晴らしい、私でよかったと思える人生を歩んでいってほしい。そんな方がたくさん増えたらいいなと活動させていただいております。

心理セラピー×シンプル数秘術で幸せな思考パターンが身につく魂の目的が見つかるカウンセリング

ぜひ、あなたのお力になり、過去の苦しみにいつまでも、振り回されない、過去の辛さの全てが宝物になる、自分らしく、生きていく人生になるお手伝いができたら、嬉しいです。

最後まで、長い文を読んでいただきありがとうございました。